大学2年時の秋。

前期試験が終わり閑散とした大学のキャンパスの中をNと一緒に歩いていた。
そして、学生に対する様々な連絡などが掲示される掲示板を見ていた。

「学生諸君に訴える」

というような演題で東洋史のある教授が講演会をやるという知らせ。

私達は試験休みに入って時間は十分あったので、その講演会に出かけてみることにした。その日は日時と場所を確認して何の期待もせずに帰宅した。

講演会当日。
午後1時から始まるということで、学生食堂で昼食をとり、10分ほど前に講演会場である大教室に向かった。

たくさんの学生が集まっているだろうから、ぎりぎりに行くのはまずいだろうと思った。

大教室は前方に2か所の入り口があり、私達は右側の入り口から入った。
Nが先に入り、私はその後に続いた。

教室に入ったが教室には誰もいない。場所を間違えたのだ。

しかしNはどんどん教室の後方に進んでいく。
私はどうしたのだろうと思いながら後に続いた。

左後方の演台に人がいるのがわかった。
教室はここで間違いがない。演台にいる人が東洋史の担当の教授だ。
しかし、開始時間10分前なのに教室には私達二人以外誰も来ていない。

私達がどんどん後ろのほうに歩いていくと、演台の方向から鋭い声が飛んできた。
「前に来なさい」
その声に私とNははじめて振り返った。

頭髪の薄い、初老の教授が演台のところに座っていた。
そして、その少し左後方に教授と同じ年齢くらいの婦人がいる。
一体誰だろう。

私達はその有無を言わせない力強い声に従い、一番前の席に座った。
教授は私達に学部と名前を訊かれた。

そうしているうちに男女1人づつの学生が教室に入ってきた。
教授は私達にしたのと同じように声をかけられ、前の席にその二人を座らせた。始まりの時刻になった。

いっぱいであればおそらくは2百人以上も入るであろう大教室で、講演者を含め、たった6人での講演会が始まった。

試験は終わり、大学生は休みにはいっている。しかし学生用の掲示板に大きく貼り出してあった講演会の案内をみて参加した学生はわずか4人。

当時の大学生の無関心ぶりを象徴してはいるが・・・





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教授の話が始まった。

約一時間近くも話されただろうか。
内容もよく憶えているのだが、何より私が大きく心を揺さぶられたのは、自分の信念に基づいて必死に学生に対して語りかけられたその姿勢だった。

大学の先生の授業にはこの「熱意のこもった語りかけ」が欠けているのだ。

学生だけが無関心なわけではなかった。
当然この講演会には1人の先生方の参加もない。
みんながさめていた。

今、目の前で熱心に話されている教授は、わずか4人の学生のために時折激しく咳き込みながらも必死に大きな声で話をされている。
まるで最後の訴えでもあるかのように。

この教授が最も訴えたかったのは結局、自分以外の全てのものに無関心な大学の先生や学生、そしてそんな雰囲気を作り出しているこの時代というものへの反抗精神だったのかもしれない。

教授は数ヶ月前に脳梗塞で倒れ、今は体の自由が効かないのだと言う。
言葉はしっかりとされていたが奥様の介助と車椅子が欠かせない。

このような状態で企画された自身の講演会。
若手の教員達は誰も手伝わなかったという。



講演会が終わった。

「たった4人だったが君達が来てくれて本当によかった ありがとう」

これが締めくくりの言葉だった。

熱意のこもった言葉。信念からの言葉。本気の言葉。
私の湿った心が少しづつ変り始めたきっかけとなった言葉。

この約一年後。
教授はこの世を去っていかれた。





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大教室を出た。

私もNも無言のままだった。
教授が奥様に抱きかかえられるようにして車椅子に座られたシーンが目に焼きついた。

大学の授業では受けたことのない感動があった。

情熱を込めて生きること。
精一杯努力すること。
後悔のない時を過ごすこと。

私も大学がつまらないと思っていたが、自分で何かを見つけなければ。

将来、どんな仕事をするにしても、たくさんの感動で埋め尽くされた人生を生きて生きたいと願った。

またそれは講演をされた教授の学生たちに対する願いでもあっただろう。

無言のままNと私は部屋に帰った。

その日は一晩中考えた。

自分にできることは何か。

きっとそれを求めてもがき続けることでいつかは答えが見つかる。
なぜかその日はそのような確信を持てた。

自分のライフワークを。




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2007.03.07 道ありき


この本から受けた衝撃は大きかった。
自分の人生の意味や価値、どのように生きるべきかを大きく示唆してくれた本だ。

あまりにも有名な三浦綾子の小説。自身の自叙伝ともいうべき本だ。

ただこの本は最近の学生たちはほとんど知らないだろうし、読んでも違う世界の話のように感じるかもしれない。

私はクリスチャンではないけれどもこの本に出てくる三浦綾子の婚約者前川正という人の信念の生き方は、現代の学生たちにも大きなメッセージを与えるだろう、と思う。

純粋すぎて悲しいくらいである。

私はこの本を読んだことをきっかけにして            

「自分の人生の目的は自分を鍛え、磨き、光らせ、その光で出会う人々の人生をも明るく照らしていくことだ」と考えるようになった。

この考えは今になっても全く変わってはいない。

またこの本はある意味での恋愛小説にもなっている。

若い頃の異性に対する態度、そんなことを教えてくれる。

この本で学んだ「愛」についての考え方が、後に自分の人生の大きな柱になった。

このとき、まだまだ具体的に何をどうすればよいかはわからなかったが、少しだけ人生の歯車が回った気がした。

2007.03.07 学生とお金
学生が一番お金を持っている。

そんなことが世間で言われていた時代がある。
確かに親からの仕送り、援助、アルバイトなどで社会人よりも自由に使えるお金が多い学生は多いかもしれない。

私は学生時代仕送りはほんのわずかしかもらっていなかった。
ほとんどの収入源は奨学金。それで自分としては非常に豊かな生活をしていた。

私の月の収入は奨学金が国と県から借りていて合計4万3千円。
親からの仕送りはできるだけ減らしてもらって2〜3万円程度。
合計7万円程度の収入だった。

アルバイトは極力しないことを決めていた。
中途半端な経済的自立が将来の独り立ちを妨げることがある、ことを私はよく知っていたからである。

現に当時の学生はアルバイトに明け暮れ、留年が続出。
半端なお金を手にしたことで金遣いが荒くなり、支出の管理ができなくなる学生も多かった。そうして彼らは借金体質を身につけていったのである。

私が思うのは学生時代は学生にできるだけ徹することで将来への経済的独立の道を確かなものにしなければならないということだ。

そのためには学生は収入を増やすことよりも、支出を減らすことを学び身につけたほうがよいと思う。学生時代は節約体質を身につけておくほうがより賢明だと思うのである。

お金を稼ぐことは社会に出てからの仕事だと考えるべきだろう。

私の学生時代はしかし、エンゲル係数は非常に低かった。

実は食費と同じくらいのお金を書籍を買うことに使っていた。
だから私は非常に豊かだった。

この時期に徹底的に精神的、経済的に自立していく基礎を作りたかったのだ。だから逆に必要があれば遠慮なく親に経済的な援助を頼んだ。

学生は学生時代には親に健全な依存をし、そのかわりその時間やお金を決して無駄にしないように使うということを心しなければならないと思う。

今の時代、学生時代が一番お金があり、社会人になってから親から援助を受けたり、様々なところからお金を借りたりしている人は非常に多い。そのような人は経済的な自立を果たしているとはいえない。

経済的な自立の基礎は全て学生時代の過ごし方にかかっている。

お金について考えるとき、この本は学生時代に読んでおくべきだろう。