2007.09.01 学生の風景
学生時代に恋愛を含む人間関係で心を揺らすことが非常に多かった。

社会人になった今、その頃の悩みは「かわいい」とさえ思える。

また、何であんなことで悩んでいたんだろうと思うことも多い。

理性的に割り切って考えることができず、揺れ動く感情の中で生活をし行動していたあの頃を思うと、愚かだった思うこともある。

ただそのような時代を通過していくことに大切な意味があると感じる。

そのような大きな感情の動きを、やがては必要な目的のためにコントロールして統御していくことを学ばなければならない。

大学時代に自分のなかに目標や理想の人間像が存在していなければ、そのようなことは不可能である。

その意味で私の中に一定の理想像が存在していたことは非常に大きかった。

その理想像とは時には身近な友人であったり、歴史上の人物であったり、自分の読んだ書物の著者だったりした。

自分が理想的だと思い、是非真似したいと思うような模範となる存在を学生時代には必ず見つけるべきだろう。

それが自分の行動や人生を大きく変えていくことがある。

進むべき方途がわからなければ感情や環境に翻弄される。

力強い人生を生き切っていくための基本的なメンタリティーは学生時代に作っておきたい。

時代が変っても学生の風景はあまり変らない。

この時代に必要なことも本当はそう変らないはずである。

2007.09.04 将来の夢
彼女が私に「好きな人ができた」という相談をしてきてから数週間がたっていた。

不思議なことに彼女はその好きな相手に対して何のアプローチもしないで、話はそのままになっていた。

相変わらず彼女は何事もなかったかのように毎日私の部屋にきて、読んだ本の話や大学でおきた出来事などについて話した。

この頃は夜遅い時間まで話し続けて、彼女を部屋に送り届けることが日課のようになった。

私はもはや、彼女が誰を好きになろうがどうでもいいという心境になっていた。

大学時代の残された時間、彼女と一体どれくらいの時を過ごせるだろうか。そう考えると一日一日が非常に貴重なものに思えたのだ。

私は大学を卒業したら東京に出て行こうと決めていた。

将来の夢、そう呼べるものはなかった。しかし、もっと自分の世界を広げ多くの経験を積んで、たくさんの人に素晴らしい影響を与えることのできる人間になろう、そう思っていた。

たくさんの心の糧を、心の財産を手に入れたい。

そのためにも彼女との対話の時間は非常に貴重だった。

卒業したら彼女とはお別れ。ずっと一緒にはいられないんだ。

だから彼女が私のことをどう思っていようと、二人の時間を大切にしよう。

彼女の心に何かを残そう。

出会ってよかったといわれるような何かを。そんな気持ちになれたとき、私はほんの少し、恋愛を超えたような気がした。

2007.09.06 就職
この時期世間は好景気に沸いていた。

学生の就職先はいくらでもあって、ほとんど何の苦労もなく就職先が決まっていた。

私の大学での同級生たちの就職先に関する情報も時々聞こえてきていた。

この当時の学生たちは多くの企業をまわることもなく、どんどん就職が決まっていった。

日銀をはじめ、都市銀行に就職するクラスメートも少なからずいた。

証券会社や建設業界の企業が学生を囲い込むのに必死になっていた時期だ。就職してくれた学生に車を一台与えたなどという話も話題になったりしていた。

そんな中で私も少しずつ卒業後の進路を考えなければならなくなった。

私は民間企業で働いている自分の姿をイメージすることができず、ほとんど就職活動はしなかった。

自分が何をするべきかが全くわからなかったのだが、今考えると社会に出て人並みに仕事をしていく自信がなかったのだろう。

組織に入って働くことを「束縛」のように考えていた。

しかしこれは単に「モラトリアム」に過ぎなかっただろう。

この時点で私には、フリーターになるか、大学院に進学するかどちらかの選択肢しかなかった。

どちらも社会人として働いていくことを拒むための選択肢に過ぎなかったようにも思える。


2007.09.08 進路決定
進路を決定しなければならない時期が近づいてきた。

司法試験浪人を目指して「フリーター」になるのなら何も決定する必要はなかったのだが、大学院に進学するなら準備が必要だった。

ゼミの教授は、私に別の大学の大学院(東京)に進学することを奨めていたからだった。

もちろんフリーパスで入れるわけではなく、大学院入試を受けなければならない。

これについては私はゼミの教授、両親、そして片思いの彼女にも相談してみた。

ゼミの教授は私が司法試験という実務家になるような試験には向かないと言っていたし、両親はフリーターなんかになられるよりは大学院に進学したほうがはるかにましだと思ったようだ。

彼女はもともと私に学問的な難しい話を聞くことが大好きで、大学院の話があることをとても喜んでいた。

結局誰に聞いても「大学院」に進学するほうがいいということになった。

私もだんだんその気になってきた。

何より時々テレビにも顔を出していて当時とても有名だった人の下で勉強してみたいという気持ちが強かった。

自分が書物を通じてしか知らなかった人と直接会って話ができる、そして色んなことを教えてもらえると思うと、不思議な気がした。

自分でもフリーターという不安定な立場に身をおくことが非常に不安でもあり、結局大学院進学という教授の提案を受け入れてみることに決めた。

2月に行われる試験を受けて、もしだめならその時にフリーターになって司法試験の勉強を続ければいい。

そう考えた。

この選択が果たして正しかったのかどうか、後悔こそしていないが実は今の年齢になってもよくわからないのである。
2007.09.12 決意
私は結局、大学院進学への道を決意した。

本当の理由は、司法試験の勉強という受験勉強に嫌気がさしていたのかもしれない。

私のその頃の興味はかなり学問的なほうに傾いていて、自分なりの価値観や世界観を構築するための材料を学問に求めていたのかもしれなかった。

自分がこれからどのように生きていくべきなのか、この問いの答えを試験勉強の中から見出していくことは難しいと思った。

大学院に行くことで自分の本当の道が見つかるような気がした。

こうして大学院進学のための準備が始まった。

しかし大学4年のこの頃、すでに準備はできていたといってもよかった。これまでの勉強がそのままその準備になっていたからだ。

ただ、念には念を入れて準備しようと猛勉強を始めた。