2008.02.02 無明の未来
私が大学院で知り合った友人は、親切で品のいい人が多かった。

私に色んな情報を教えてくれたり、アルバイトを紹介してくれた女性は大学院生ではなく、聴講生だった。

また同じように私の教授の授業には他の聴講生もいてゼミなどを通じて色んな人と知り合いになった。

みんな勉強が好きで、知的で、行動的だ。

私の知らないことをたくさん知っていた。真剣に社会のことを議論したり、学問的な討論をしたり、一緒に色んなことを勉強してみたり。

中にはフリーターで大学院に聴講しにきている人もいて、田舎ではちょっと知り合えない人との出会いがたくさんあった。

聴講生の女性は交友関係が広く、他の大学の大学院生や学生、フリーターやサラリーマンまで、いろんな人を紹介してもらった。

東京では色んなライフスタイルがあった。就職もせずにこんな生活をしていたら私の田舎では変わり者扱いされるのではないかと思った。

ただおそらく学問をすることを自分の職業にすることはかなり難しいはずだった。

もし仮にそれが可能なら、もっと多くの人が大学院から大学の教職員になっているはずだったが、大方の人はそうではなく、何年も大学院に居座り続ける。

就職先がないのである。

ただ時々お酒を飲みながら色んな話をしても、自分の将来に対して明確なビジョンを描いている人は少なかった。

また文科系の大学院の場合は、普通に大学を卒業した学生よりも就職自体は不利になるということもわかった。

民間企業の誰が好んで分析や批評の大好きな大学院生を採用するだろうか。

このように当時、大学院は優秀な頭脳を社会に送り出すなどというものではなく、大方の場合は社会に出ることのできない学生のプライドの保持の場だった。

景気がよく、それでも生活には困らないし、先延ばしが可能な年齢でもあった。

サラリーマンの友人も、職業に対して熱意をもって取り組んでいるというより、仕事は生活のために仕方なくやるが、本当は趣味や余暇を重視している人が多かったと思う。

その意味で、暗がりのなかを手探りで生きているような、そんな気がした。

いくら学問をやってもなかなか自分の道は見出せないものだ。



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2008.02.05 引越し
大学に通うのがあまりにも時間がかかり、勉強するのに支障が出てきた。

私は居候していた友人の家から、もう少し大学に近い場所に引越しすることに決めた。

奨学金が入り始め、アルバイトも決まった。そして何より引越しするのにアルバイト先の便利屋の社長が無料でやってくれるということで、何とか金銭的に軽い負担で済みそうだった。

学生に部屋を紹介している不動産に足を運んで、結局大学まで電車で30分くらいの場所に部屋を借りることにした。

家賃は4畳半一間で4万5千円くらいだった。

大学時代には3畳一間に住んでいた私にしてみれば、十分な広さだったし、何よりも大学に近くなったことで体力的にも楽になった。

ただ、私を最初に東京に向かい入れてくれた友人は、私がその部屋を出て行くとき、本当に寂しそうな顔をしていた。

友人に対しては感謝しきりだったが、私も私の道がある。

そうして大学院に入学した年の5月。

二トントラックに私のわずかな荷物を載せて友人宅を後にし、新しい住処に向かった。

勉強に集中し、専念できる環境が整ったわけである。

便利屋の社長は便利屋の仕事の中で手に入れた家具や、ベッドを私にくれた。

私は結局この場所にその後4年ほど住むことになった。

またその友人とは、この後ほとんど会う機会もなく、何年もの歳月を過ごしてしまうことになった。お互いに進むべき道が違ってはいたが、実はどちらも自分の進むべき道がはっきりとしているわけではなかった。





2008.02.09 古本屋
学生時代は金銭的には豊かではないが、私の場合精神的には豊かだった。

好きな本を読んで、心の世界を広げる。

ニュースでは最近の若者は本を読まないということだが、これだけ多くの出版物が世の中に出回り、自分が物理的に出会うことのできない人からも色んなことを教えてもらえる道具は他にはないだろう。

信じられないことだが、何千年も前に地上に生きて私たちと同じように悩みながら人生を切り開いていった先人たちの言葉を読むことができる。

私は本屋や古本屋に良く通った。

今はインターネットでどこにいても新刊から古書まで取り寄せることができるが、当時は古本屋に出かけることで安くて有用な情報を手に入れていた。

私の大学の近くには古本屋が軒を連ねていた。

休日には一日中そこで本を探した。安価で手に入るものが多く、通常の本屋よりも頻繁に利用していた。

いつか古本屋の経営でもやろうかと思ったくらいだ。

自分の周囲にも本を読む人が多かったので、実に色々なことを本からそして人から学ぶことができた。

音声や映像という伝達手段が発達してきているが、本の価値は低くはならないだろう。

活字から離れることは本当に価値あるものの多くを自ら手放しているに等しい。

読書で心を開拓して豊かなものにする。その豊かさは自分が幸せになるための数々の材料を呼び込むだろう。



「読書」で「脳トレ」!本を読む子は賢い!頭の回転が速い!成績や暗記力をUPさせる、読書の仕方・させ方「マル秘・読書法」


同じゼミの聴講生から、土曜日に勉強会をやることになったので、一緒に参加しないか、と誘われた。

通常大学の中で生活していると世界が狭くなるので、私はチャンスがあればどこにでも出かけていくことにしていた。

場所は渋谷の喫茶店。確か道玄坂にある「ライオン」というお店だったと記憶している。

薄暗い店の地下に、広い会議室のような場所があって、そこでいつも6〜8人くらいのメンバーが集まって、英語のテキストを読んでいた。

すでに社会人の人や東京大学の学生や、フリーターのような人まで、今考えると何のために勉強していたのかよくわからない集まりだった。

ただ私は、何の目的もなく「勉強のために勉強する」というような時間もありかな、と考えていた。

勉強会が終わると渋谷の居酒屋でみんなで飲んで、色んな話をした。

アカデミックなことがひとつの学生のファッションやスタイルだったのかもしれない。

今では大学の中でアカデミズムに触れること自体が難しい時代になった。

もちろん学問の府と呼ばれるような雰囲気を維持している大学もあるだろうが、ほとんどは学生自身に学問をやるという気持ちが皆無であるために、また大学はそれを学生になかなか強制できないがために、学生時代は「ただの自由時間」になっているだろう。

学生が自主的に集まって、全く課題や宿題などとは関係なく勉強している風景は本当の意味での「学生らしさ」を感じる。

今の大学生にこの「学生らしさ」を取り戻すことは非常に大切なことではないだろうか。



2008.02.16 神戸の夏
東京の夏はとても暑かった。

田舎とは暑さの質が全く違う。

大学院に入学したその年の夏、私は神戸にいた。

大学時代に親友だったNが神戸で働いていたので、彼に会いに行ったのである。

その期間、日雇い労働者の生活を見た。

私はお金がなかったので、日雇い労働者が生活に使っている安い旅館(といってもとてもそんな代物ではなかったが)に宿泊したからだ。

このときほど自分の恵まれた境涯を実感したことはなかった。

この旅館はNがただ安いというだけで私に教えてくれたものだ。

部屋の広さは畳一畳。そこに布団がぽんと置いてあるだけ。
宿泊料は一泊で500円。

そこに泊まっているのはほとんどが日雇い労働者だった。

実に年配の人がやたらと多く、よぼよぼのおじいさんもいた。

その旅館にはグレードの高い部屋もあって、一泊2000円。
そこには日雇い労働者に仕事の仲介をしてピンはねしている男が泊まっていた。

私はそんな旅館に何泊もして色んな人に話を聞いたのだった。

毎日、毎食、インスタントラーメンを食べている初老の男性や毎日同じ服を着て、くたびれ果てた多くの労働者達。

そこに学生である私がいることはいかにも不似合いだった。



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