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2008.04.02
猛勉強
大学院に入学して半年が過ぎた。
私は杉並区の高円寺に住んでいて、私の住む場所の近くには数多くの古本屋があった。
休日にはそこに通いつめ、乱読につぐ乱読でかなり多くの本を読んだ。
大学時代から数えると私が読んだ本の冊数は千五百冊ほどになっていた。狭い四畳半の部屋にはどんどん本が増えていき、置き場に困るようになった。
大学院では狭い範囲の研究をしなければ評価されなかったから、私の本の読み方は研究者にはふさわしくなかっただろう。
私はこの時期、他人や社会に関わっていくためには自分がいかに物を知らないかということを痛感していた。
アルバイトをやりながらの勉強はかなりつらかったのだが、体力には自信があり、かなり無理をしてがんばった。
将来自分が大学に残って大学の先生になろうという気持ちもあったが、自分の道はそのようなものではないような気もしていた。
とにかく二年で大学院の修士課程を修了し、学位を取得して一定のけじめをつけなければならなかった。私の大学院のゼミの先輩は何年も論文を書かずに修士課程にい続けていた。
私にはそのような経済的な余裕もなければ、時間的余裕もない。
この時期は睡眠時間を削って勉強に勉強を重ねた。
一日のうちに最も多くの時間を勉強に割いていた時期がこのころだった。
寝ている時間やアルバイトの時間以外は全ての時間を勉強と研究に費やした。
誰にでも過去に対する後悔、そして将来に対する不安はある。
それを克服する最も大きな力は、今に対する集中である。
私は杉並区の高円寺に住んでいて、私の住む場所の近くには数多くの古本屋があった。
休日にはそこに通いつめ、乱読につぐ乱読でかなり多くの本を読んだ。
大学時代から数えると私が読んだ本の冊数は千五百冊ほどになっていた。狭い四畳半の部屋にはどんどん本が増えていき、置き場に困るようになった。
大学院では狭い範囲の研究をしなければ評価されなかったから、私の本の読み方は研究者にはふさわしくなかっただろう。
私はこの時期、他人や社会に関わっていくためには自分がいかに物を知らないかということを痛感していた。
アルバイトをやりながらの勉強はかなりつらかったのだが、体力には自信があり、かなり無理をしてがんばった。
将来自分が大学に残って大学の先生になろうという気持ちもあったが、自分の道はそのようなものではないような気もしていた。
とにかく二年で大学院の修士課程を修了し、学位を取得して一定のけじめをつけなければならなかった。私の大学院のゼミの先輩は何年も論文を書かずに修士課程にい続けていた。
私にはそのような経済的な余裕もなければ、時間的余裕もない。
この時期は睡眠時間を削って勉強に勉強を重ねた。
一日のうちに最も多くの時間を勉強に割いていた時期がこのころだった。
寝ている時間やアルバイトの時間以外は全ての時間を勉強と研究に費やした。
誰にでも過去に対する後悔、そして将来に対する不安はある。
それを克服する最も大きな力は、今に対する集中である。
2008.04.02
東北人大富豪の教え(1)
私を政治の世界に誘った友人が今度は「ただで旅行をしましょう」と言ってきた。
いつも私を様々な場所に案内してくれるので、今度はなんだろうと思った。
彼は「福島に財界で名の通った人物が住んでおり、その人の所に遊びに行こう」というのである。
どんな縁でそんな人物を知っているのかと思うほどにこの友人は色んな情報を持ってくる。
そんな人に会えるのならと、私を含めて5人ほどで出かけてみることにした(私の大親友の女性とその友人も一緒だった)。
連休を使って二泊三日の旅行である。交通費、食費全てはその人物が提供して私たちを招待してくれるのだという。
十分な資産を持っている人は、若い人間と話をしたり、若い人間を育てることが好きなものだ。彼らはもうお金のために働く必要はない。自分が得たものを若い私たちと分かち合おうという気持ちはとても素晴らしいことだし、非常に嬉しかった。
新幹線にみんなで乗り込み、ピクニック気分で出かけた。
その大富豪の所に着いてみてびっくりした。広大な敷地にお屋敷が建っていて、その一部に私たちが宿泊できる建物があった。その建物は若い人間を招いて様々なことを教えるためだけに作られた建物である。
十人以上が宿泊できる広さだ。また私たちの食事を作るために近所のおばさんがやってきていて三食作ってくれた。もちろん私たちも多少の手伝いはした。
そこでのことは全てを伝えることは難しいが、その大富豪から私は二つのことを教えてもらったと思っている。
ひとつは職業についてだ。
その大富豪を囲んでみんなで様々な質問をした。逆にその大富豪も私たちに様々な質問をされた。
その中で「将来どんな仕事をしたいと思っているか」という大富豪からの質問があった。
参加者の一人が「父親が亡くなり、まとまったお金が入ったので、株式投資で生計を立てていきたい」というような話をした。
そのときの大富豪の返事を私は今でもよく憶えているのである。
いつも私を様々な場所に案内してくれるので、今度はなんだろうと思った。
彼は「福島に財界で名の通った人物が住んでおり、その人の所に遊びに行こう」というのである。
どんな縁でそんな人物を知っているのかと思うほどにこの友人は色んな情報を持ってくる。
そんな人に会えるのならと、私を含めて5人ほどで出かけてみることにした(私の大親友の女性とその友人も一緒だった)。
連休を使って二泊三日の旅行である。交通費、食費全てはその人物が提供して私たちを招待してくれるのだという。
十分な資産を持っている人は、若い人間と話をしたり、若い人間を育てることが好きなものだ。彼らはもうお金のために働く必要はない。自分が得たものを若い私たちと分かち合おうという気持ちはとても素晴らしいことだし、非常に嬉しかった。
新幹線にみんなで乗り込み、ピクニック気分で出かけた。
その大富豪の所に着いてみてびっくりした。広大な敷地にお屋敷が建っていて、その一部に私たちが宿泊できる建物があった。その建物は若い人間を招いて様々なことを教えるためだけに作られた建物である。
十人以上が宿泊できる広さだ。また私たちの食事を作るために近所のおばさんがやってきていて三食作ってくれた。もちろん私たちも多少の手伝いはした。
そこでのことは全てを伝えることは難しいが、その大富豪から私は二つのことを教えてもらったと思っている。
ひとつは職業についてだ。
その大富豪を囲んでみんなで様々な質問をした。逆にその大富豪も私たちに様々な質問をされた。
その中で「将来どんな仕事をしたいと思っているか」という大富豪からの質問があった。
参加者の一人が「父親が亡くなり、まとまったお金が入ったので、株式投資で生計を立てていきたい」というような話をした。
そのときの大富豪の返事を私は今でもよく憶えているのである。
2008.04.05
東北人大富豪の教え(2)
結論から言えば、実業で身を起こし成功したこの大富豪は自分が何か始めるときの資金は自分で稼ぐべきだ、ということを指摘された。
親の遺産を元手に株式投資をやろうなどということは邪道である、というのである。
私もこの考え方には賛成だった。自分で貯蓄のひとつもできない人間に投資をやる資格はないと思っていたからだった。
また株式投資は「お金を働かせる」ことであるが、問題は「自分が働く」ことはどういうことかを考えろということだった。
自分の本業は何か、自分のライフワークは何か、自分の社会的使命は何か、そんな観点から考えるときに若い時期から株式投資を本業にすることは好ましくない、とも言われた。
私自身はこの時代から20年近くもたって、経済や金融、そして投資に関する考え方はかなり変わったが、自分の天職を追及するという姿勢は本当に大切だと思う。
若い頃は自分が縁のあった仕事に没入し、そこで得られた経済的な富を投資にまわしなさい、というのがこの大富豪の考え方だった。
このときに私は、仮に生活していくための十分なお金が手元にあるとしたら、自分は一体何をするだろうか、何を生きがいにして生きていくだろうかと考えた。
つまりお金のためでなく働くとしたら、一体何をするだろうかということだ。
そう考えているうちに、自分の天職が何かということが少しずつ見えてきた。
その意味で、このときの大富豪との問答は自分の仕事を発見するための重要なインセンティブとなったのである。
親の遺産を元手に株式投資をやろうなどということは邪道である、というのである。
私もこの考え方には賛成だった。自分で貯蓄のひとつもできない人間に投資をやる資格はないと思っていたからだった。
また株式投資は「お金を働かせる」ことであるが、問題は「自分が働く」ことはどういうことかを考えろということだった。
自分の本業は何か、自分のライフワークは何か、自分の社会的使命は何か、そんな観点から考えるときに若い時期から株式投資を本業にすることは好ましくない、とも言われた。
私自身はこの時代から20年近くもたって、経済や金融、そして投資に関する考え方はかなり変わったが、自分の天職を追及するという姿勢は本当に大切だと思う。
若い頃は自分が縁のあった仕事に没入し、そこで得られた経済的な富を投資にまわしなさい、というのがこの大富豪の考え方だった。
このときに私は、仮に生活していくための十分なお金が手元にあるとしたら、自分は一体何をするだろうか、何を生きがいにして生きていくだろうかと考えた。
つまりお金のためでなく働くとしたら、一体何をするだろうかということだ。
そう考えているうちに、自分の天職が何かということが少しずつ見えてきた。
その意味で、このときの大富豪との問答は自分の仕事を発見するための重要なインセンティブとなったのである。
2008.04.09
東北人大富豪の教え(3)
それからもう一つ。大富豪から言われた言葉があった。
私たちは初日の夜遅くまで議論していた。
何についての議論だったかといえば、海外留学を志している女の子(私の親友の友人)がいて、その子が留学のための資金を親に出してもらうか、銀行から借りるか悩んでいたので、みんなでそれについて相談していたのである。
今考えるとそのような問題は5秒で結論が出るような問題なのだが、学生時代というのはみんなでああでもないこうでもないと、議論のために議論するようなことがよくある。
このときもそうで、夜遅くまで延々とそれについて話し合っていた。
翌朝、大富豪は私たちが夜遅くまで起きていたことを知っていたようで、みんなで一体何をしていたのかと私たちに聞いてきたのであった。
私たちは正直にその内容を伝えた。そのとき大富豪はびっくりしたような表情でこう言った。
「君たちはそんなつまらない問題で貴重な睡眠時間を無駄にしたのか」
この言葉の意味は今なら良く分かるのだが、当時はよくわからなかった。
女の子の悩みを解決するために何時間もみんなで相談に乗ってあげることがそんなに無駄なことであるとは思わなかったのだ。
しかし、結果的に私たちの夜遅くまでの議論で、彼女の悩みが解決できたわけではなかったのであって、その意味で無駄であったことは確かだった。
お金の問題はお金でしか解決がつかない。そこに時間をさらにつぎ込むということは、それこそ無駄なのである。
また時間というものがお金よりももっと大切なものであるということを大富豪は教えてくれた。
「時は金なり」ではなく「時は命なり」であると。
学生時代は時間を無為無駄に過ごす可能性が最もある時期である。
しかし、私たちにとって時間とは残された命そのものであって、時間を無駄にしているということは、自分の命を無駄にしていることに等しい。
このような観点から自分の学生時代の時間の使い方を考えたことはなかったのである。
私たちは初日の夜遅くまで議論していた。
何についての議論だったかといえば、海外留学を志している女の子(私の親友の友人)がいて、その子が留学のための資金を親に出してもらうか、銀行から借りるか悩んでいたので、みんなでそれについて相談していたのである。
今考えるとそのような問題は5秒で結論が出るような問題なのだが、学生時代というのはみんなでああでもないこうでもないと、議論のために議論するようなことがよくある。
このときもそうで、夜遅くまで延々とそれについて話し合っていた。
翌朝、大富豪は私たちが夜遅くまで起きていたことを知っていたようで、みんなで一体何をしていたのかと私たちに聞いてきたのであった。
私たちは正直にその内容を伝えた。そのとき大富豪はびっくりしたような表情でこう言った。
「君たちはそんなつまらない問題で貴重な睡眠時間を無駄にしたのか」
この言葉の意味は今なら良く分かるのだが、当時はよくわからなかった。
女の子の悩みを解決するために何時間もみんなで相談に乗ってあげることがそんなに無駄なことであるとは思わなかったのだ。
しかし、結果的に私たちの夜遅くまでの議論で、彼女の悩みが解決できたわけではなかったのであって、その意味で無駄であったことは確かだった。
お金の問題はお金でしか解決がつかない。そこに時間をさらにつぎ込むということは、それこそ無駄なのである。
また時間というものがお金よりももっと大切なものであるということを大富豪は教えてくれた。
「時は金なり」ではなく「時は命なり」であると。
学生時代は時間を無為無駄に過ごす可能性が最もある時期である。
しかし、私たちにとって時間とは残された命そのものであって、時間を無駄にしているということは、自分の命を無駄にしていることに等しい。
このような観点から自分の学生時代の時間の使い方を考えたことはなかったのである。
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