東北人大富豪との時間を過ごしてから、自分の時間に関する考えが変わった。

「時は命なり」 その価値はとてもお金には変えられない。

大学院ではそろそろ修士論文のテーマを決めなければならない時期を迎えていた。

私は大学の学部時代からそうだったのだが、何かをやろうとすると次から次に興味が広がっていくという癖があり、なかなかやるべきことを一つに絞れないという弱点があった。

修士論文のテーマを決めるときも教授に相談すると、とにかく細かいテーマに絞って論文を書くようにと口をすっぱくして言われたものだった。

限られた時間の中で成果を出していくためには「テーマ」を絞らなければならない。

それができなければ結局いろんなことに漠然と手を出すだけで、何事も達成できはしないのである。

私は残りの時間でとにかく修士論文を仕上げなければならなかった。

そして自分の人生の方向性もしっかりと決めなければならなかった。

やるべきテーマを一つに絞る。

そこに効果的に時間とエネルギーを投入していく。そこで成果を生み出して次のステップを踏んでいく。この繰り返しが人間の人生を大きく飛躍させる。

大きな建物を建てるにも毎日コツコツとレンガを積み重ねていくことが大切だ。

私は自分の弱点を克服すべく、とにかく小さな小さなテーマに的を絞って資料を集め、その小さなテーマだけのために時間を投入していくことにした。

読書の範囲を修士論文のテーマに関係のあるものだけに絞り、それに没頭したのである。
2008.05.07 初心を忘れる
大学院で修士論文の作成をしながらも、私の心はいまひとつ晴れなかった。

そもそもどうして大学院に進み学問などをやろうと思ったのだろう、と考えていたからだった。

大学時代に目指していた司法試験は、全く受験する気持ちもなく、その環境にもない。

しかしだからとて学者として身を立てることが自分の人生なのだろうか。

私は学問や知識は人を幸せにするものでなければならないし、そうであるべきだとも思っていた。
というよりも、知識は人を自由にし幸せにするものだという確信があった。

しかし、今私がやっている研究や勉強は本当にそのような世界に通じているだろうか。

大学という狭い世界の中で世間を知らず、ひたすら高慢になってはいかないだろうか。

私の初心は「知識を人の幸せに役立てること」「人間を幸せにするような本物の知性を身につけること」だったはずだ。

しかしこの頃の私は初心を忘れて有名な大学教授に弟子入りし願わくば自分も有名になりたいだとか、難しい理屈を捏ね回して他人よりも少し高度な人間であることを示したいとか、そんな気持ちが存在していた。

今自分が勉強している動機が決して天に恥じることのない純粋なものではなかったのだ。

大学院で出会った人々は、善良な人も多くて立派な人も多かったが、世間の荒波を知らないがゆえに狭い世界観の中で生きている「恵まれた人」がほとんどだ。

私が目指した世界はそのようなものではなかったはずだった。

初心を貫徹することの難しさをこの頃の私は実感していた。
修士論文の作成に苦労していた頃、少し不思議な経験をした。

あるテーマについて考え続けていると、それに関する情報があちこちから飛び込んでくるという経験だった。いつも同じテーマで考えを深めていると、本屋でそのような関係の資料が見つかったり、他人から何の脈絡もなくヒントを与えられたりした。

人間の思考には環境を変える力があるのではないかと思った。

一つのテーマや目標を考え続ける、そこに磁場が発生して必要な情報や解決策が引き寄せられるように集まってくる。

私の指導教授も似たようなことを言っていた。

今は自分の本心とは少し違うようなことをやっていても、心の中に問題意識や理想や目標を失わなければ、長い時を経て必ず解決の道は開かれる。

自分が本当にやりたいことは心のなかにしっかりと持ち続けて、しかも目の前のやるべきことを確実にこなしていく。

そのような気持ちになってからは、自分の将来を気に病むことが少なくなった。

自分が自分らしく輝ける場所にいつかきっとたどり着けるはずだ。

それがどのような場所かはわからないが、いま自分がいるこの場所とはきっと地続きになっていてそう遠くではない場所に違いなかった。



2008.05.10 議論の果てに
大学院の時代に一度だけテレビに出たことがあった。

政権与党が政局的にかなりピンチに立たされている時だった。

あるテレビ局でやっている討論番組。一つのテーマで朝まで色んな人たちが討論するという有名な番組だ。

私はその政権与党の学生部に所属していたので、討論の一般参加者の席に座っていた。

偶然にも討論者の席には私の指導教授が招かれていた。

今はもう昔のことになってしまったが、当時は消費税問題や首相のスキャンダルなどで政局が不安定になったいた(今も似たようなニュースが多く、状況はあまり変わってはいないが)。

朝まで延々と議論が続いた。

見ていて面白い場面もたくさんあったのだが、この議論で問題が解決するとは到底思えなかったし、みんなが言いたいことを言ったいるだけで議論と呼べるものなのかも疑問だった。

分析や評論は意見や世論の形成にとっては重要なのかもしれないが、現実はそのようなものとはかけ離れたところで動いている。

しかしそういう自分も責任ある立場で何か仕事をしているわけではなく、ただの学生に過ぎないという意味では何事もなしえない存在だった。

もちろん知識や情報だけで世の中が動いていくことはある。

正しい知識や情報は多くの人に共有されれば、社会を善導する役割を果たすだろう。

多くの人が正しい判断や選択をしていくことができたなら、この世の不幸は少なくなっていくだろう。

討論や議論は時として必要ではある。ただ一般の人々の生活世界を離れた場所での知識人だけの議論では、やはり限界があると思った。

たくさんの情報や知識が乱れ飛んだ討論番組ではあったが、徒労の感がぬぐえなかった。



数ヶ月の準備の末に修士論文の大枠を決めて下書きを書いた。

ゼミのときに簡単な発表を行い、教授に論考を見せた。

「短期間でよくこれだけ準備できたな」と教授は初めてほめてくれた。

この頃は今のようにOA機器が十分でなかったからワープロで打って印字するのも大変だった。

テレビのような大きなワープロを買ってきた。それに大量のインクリボンを買ってきて原稿用紙約300枚ほどの論文を打ち出すのである。

この作業だけで異常に時間がかかった。文字の間違いが見つかるとページがずれたりするので神経を尖らせて作業に打ち込んだ。

この頃は土日にやっていたアルバイトが非常にいい息抜きになっていた。

アルバイト先の社長はいつも私に気を遣ってくれて大切にしてくれた。

「ずっとここで働かないか」と言われた。汗を流して毎日仕事をやりきったという実感のともなったこの仕事が私は好きだった。

それも悪くはない。

図書館や家にこもって専門書と格闘し専門用語を駆使して話したり論じたりする世界とたくさんの人々の日常生活に密着したアルバイトの世界。

どちらも本当の世界だ。

アルバイトをしていたおかげで逆に私は修士論文を短期間で完成させることができたのだと思う。

この仕事のおかげで体力がついたし、気持ちの切り替えができた。

知力を磨き生かすためには体力を、体力を生かすためには知力を磨く。その大切さを実感した。

最後は朝方まで数日作業を続けてついに修士論文の完成をみた。