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2007.02.17 法律を学ぶ
そのようなわけで、司法試験を受けようと決意した私は、法律の勉強を始めた。

大学の授業は教養部ということでほとんど専門科目の授業はなかった(当時は1年半は教養課程、その後が専門課程と決まっていた)。憲法や法学などの授業はあったものの、もともと資格試験のための授業ではないから当然要領を得ない。

独学でやるしかないと決めた。

夏休みが終わってからも本屋、図書館、自宅を巡回しながら勉強した。少なくとも、大学の授業は資格の勉強にはあまり役に立たなかった。学問的な視点と、試験のための視点ではやはりみるべきところ、学ぶべきところが違う。当然勉強の仕方もことなってくるものだ。

大学の授業は単位のために一応受けていたが、やはり自分で目標を決めたほうが心の張りがちがう。

大学生のほとんどは現在でも「受身の授業」に最も不満や面白くなさを感じているようだ。

しかし、大学のような高等教育機関では「勉強させる」というような方法をとった場合、義務教育に近い形をとらざるを得ず、そもそも自分で課題を見つけたり進んで目標を設定したりする力をつけることができない。

勉強しなければならない時期なのだが、大学側は学生に勉強を強いるというような形態はなかなか取れないのである。

あとは自由の多い大学の生活の中で、いかにその自由を使いこなすかという学生のモティベーションがかなり大きくその学生の4年間を左右してしまうのである。

これでは4年後、学生によって大きな差が開いてしまうのはやむを得ないことだろう。その意味で、どこの大学を出たかということよりも、大学で何をしたか、ということの方がとても大切なことになる(もちろん今でも大学の名前による区別やランク付けはある)。

私は「司法試験」という当面の目標を設定したおかげで、毎日の生活そのものやそのリズムが劇的に変化した。

目標は本当に大切だ。

しかも、自分で決めた目標が必要なのだ。

ひたすら独学で、法律の基本書を読み続けたのだが、わからないことだらけ。

特に、民法や刑法はなかなか呑み込めない。何度も繰り返し繰り返し教科書を読み続けた。

この状態を継続することはかなり苦しかった。遊びまくる大学生たちを尻目に見ながらの孤独な戦いが始まった。






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