上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008.05.10 議論の果てに
大学院の時代に一度だけテレビに出たことがあった。

政権与党が政局的にかなりピンチに立たされている時だった。

あるテレビ局でやっている討論番組。一つのテーマで朝まで色んな人たちが討論するという有名な番組だ。

私はその政権与党の学生部に所属していたので、討論の一般参加者の席に座っていた。

偶然にも討論者の席には私の指導教授が招かれていた。

今はもう昔のことになってしまったが、当時は消費税問題や首相のスキャンダルなどで政局が不安定になったいた(今も似たようなニュースが多く、状況はあまり変わってはいないが)。

朝まで延々と議論が続いた。

見ていて面白い場面もたくさんあったのだが、この議論で問題が解決するとは到底思えなかったし、みんなが言いたいことを言ったいるだけで議論と呼べるものなのかも疑問だった。

分析や評論は意見や世論の形成にとっては重要なのかもしれないが、現実はそのようなものとはかけ離れたところで動いている。

しかしそういう自分も責任ある立場で何か仕事をしているわけではなく、ただの学生に過ぎないという意味では何事もなしえない存在だった。

もちろん知識や情報だけで世の中が動いていくことはある。

正しい知識や情報は多くの人に共有されれば、社会を善導する役割を果たすだろう。

多くの人が正しい判断や選択をしていくことができたなら、この世の不幸は少なくなっていくだろう。

討論や議論は時として必要ではある。ただ一般の人々の生活世界を離れた場所での知識人だけの議論では、やはり限界があると思った。

たくさんの情報や知識が乱れ飛んだ討論番組ではあったが、徒労の感がぬぐえなかった。



関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://wakakihibi.blog62.fc2.com/tb.php/129-efed6dab
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。