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大学生がある程度の自由を手にしているということは全くそのとおりだろう。

しかし、現実的に自由はそれだけでは何も生み出すことはない。

私が学生だった時代も、そして今も、学生たちはこの「自由」に翻弄され続けている。

学生時代は金銭的な自由の領域はあまり広くはないだろうが、時間に関しては人生で一番多くの自由を手にしているかもしれない。

自由な時間はそのものでは価値中立なものであり、まさしくお金のようなものである。

良いことにも悪いことにも使うことができる。

自由というのが学生にとってある種の特権であるならば、それをどのように使いこなすかということは、学生時代の重要なテーマであるべきだろう。

しかし、大方はその自由な時間を浪費して、あっという間に社会に放り出されるのである。

自由が堕落を生まない唯一の方法は、その自由を主体的に何か価値あるものに対して振り向けるということだ。

「価値あるもの」

それは自分にとっての、そして他人にとっての、また社会にとっての「価値あるもの」でなければならない。

もちろん自分をしっかりと作っていくことは、将来大きな仕事をしていくための基礎になるものであるから、学生時代は自分作りが中心になるだろう。

歴史上の人物に、身近な人物に、その理想像を求めるが良い。

そして素直に他人の真似をしていくことだ。

現代では多くの学生は大人を尊敬できなくなっているかもしれない。

両親も教師も政治家も、誰も彼もが数多くの失態をメディアで報じられる時代だ。

それならば、過去を見ればいい。歴史に学べばいい。

そこには多くの人々が長い間尊敬の二文字を冠し続けた人が山のようにいるのである。

自由の荒波を乗りこなすために、自らを高みに導いてくれる「尊敬」できる人物を探そう。
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