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2009.06.02 透明な心
大学に入って、かなりの時間ができるようになると、暇をもてあます学生が出てくる。

私が学生だった頃は、マージャンやパチンコ、コンパなどで時間をつぶす学生がたくさんいた。

当時でも本をたくさん読む学生というのはそんなに多くはなかったのだが、このような時期に数多くの本を分野を問わずに読んだことは、自分の価値観を大きく変えた。

高校までの生活の中で当然だと思ってきたことが、そうではなかったり、マスコミで流されている情報が一面的なものでしかなかったり、常識が覆ったり。

そんなことを繰り返しているうちに、この世の中に数多くの偏見と決め付けが存在していることを身にしみて感じた。

私はその時に、「何でも自分で確かめないうちは決して安易に他人の批判はしない」ということを心に誓った。

自分の狭い見識による偏見や決め付け、レッテル貼りによって、どれだけの人を意識の中から抹殺してきたのか、ということについて心底恐怖を感じたからだ。

だから出会う人出会う人一人ひとりを大切にして、彼らの話をよく聞いた。そして必要があれば様々な場所に出かけていった。

様々な人、様々な団体に何の偏見も持たずに飛び込んで、話を聞くようにしていた。

人間がやっていることには全て根拠や理由がある。

その根拠や理由を理解することは本当に大切だ。例えその意見や趣旨に賛同はできなくても、その根拠を知り、理解すること。

偏見や決め付けや、色眼鏡を排して、あるがままに相手を見ること。知ること。理解すること。

このような寛容な姿勢を持ちつつ、自分としては断固として自分の意見を持つこと。
自分として自信をもって行動すること。

そのような透明な心になっていくために、たくさんの勉強が必要なのだと気づいたのだ。

マスコミやうわさ話などに振り回されているようでは、本当の知性を手に入れることはできない。

知性は透明な心と共にあるものなのだ。



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