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便利屋さんの仕事は実に体力を使う。

また、できないことはないというのが前提だから、やった事のない仕事もやる。

基本的にお客さんに頼まれたことは「できない」といってはいけない、と社長からは言われていた。

便利屋はつまり「何でも屋」だから、できないことはないというのが前提なのである。

この20代の時期にとにかく肉体を酷使する仕事をやったことは、後々にずいぶんと役に立ったと思う。体力はものすごくついたし、日常のこまごまとした技術が身についた。

ただ、私はこの仕事だけではまだ世界が狭いと判断して、便利屋の仕事は基本的に仕事の依頼の多い日曜日にやることにして、平日の昼間に働くことのできる仕事を探した。

この頃は、アルバイトはいくらでもあった。時給の高いものも多かった。

私は通常、自分が日常生活を送っていたのではわからない世界で仕事をしたいと思った。

病院や福祉施設での仕事を探そうと思ったのは、そのような理由による。

アルバイト雑誌をめくっていると、「福祉バス」の添乗員の仕事があった。

確か「宮園自動車」という会社だったと記憶しているが、杉並区の福祉施設などから依頼を受けて、その施設に通う人をバスで施設に送り届ける仕事である。そのバスの添乗員を募集していたのである。

自分は生まれついて健康で、五体満足が当たり前だと思っていたから、そのような世界を垣間見ることは私にとっては必須だったと思う。

早速、電話をして応募した。事務所に呼ばれて仕事の説明を受け、簡単な面接を済ませて、すぐに採用が決まった。

早速翌週から、出勤して平日は福祉バスの添乗員の仕事をすることになった。

この仕事は慣れるまでが大変だったが、そこで出会った体の不自由な子ども達や、お年寄りから本当に多くの事を学んだ。

そのころに出会った子ども達の顔や姿は、今でも鮮明に憶えている。




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