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夏休みになると塾や予備校の夏期講習などが行われる。

大学に入るために受験勉強をすることは、ある意味では総力戦であって、必ずしも受験においては知力だけが問われるわけではない。

心の弱さや体の弱さ、体力や計画性、集中力、持続力。そこには今後の人生を力強く生きていくために必要な様々な要素が必要とされる。

せっかくの休みなのにと思うが、受験勉強(大学受験に限らず、資格試験なども含めて)は人生の中では経験しておいたほうがいいプロセスであると思う。

私は大学受験のために、色々な科目を勉強したが、その中で「倫理社会」という科目があった(当時)。

当時、共通一次試験があり、そのために5教科7科目を勉強した。科目数が多かったので、できるだけ短い時間で得点できる科目として、高校の先生が勧めてくれたのが「倫理社会」だった。

確かにこの科目は点数が取りやすく、このおかげで私は、かなりの得点を稼ぐことができたのである。

ただ、この科目を勉強した時に、様々な古今東西の哲学者や思想家の思想や考え方に触れることができた。哲学に興味をもって、高校の図書館でカントの伝記を読んだことを今でも良く憶えている。

この科目を勉強したおかげで、自分で人生について、世界について、この宇宙の成り立ちについて、など様々なことを考えるようになった。

受験勉強は、大学に進むための手段ではあったが、この受験勉強で学んだことによって、自分の興味や関心がかき立てられたり、掘り起こされたりすることがある。

高校で倫理社会を受験における高得点の手段として教えてくれた先生は、安藤昌益の「自然真営道」などに書かれた「万人直耕」などを自分の理想であると語っておられた(原始共産制)。

私はこの先生とは全く違う考えを持っているし、当時からそれには賛成しかねたが、自分の理想を堂々と語られる姿については(教育的にはともかく)悪い印象は持たなかった。

今はそれよりも、このときに「倫理社会」を勧めていただいたことに対して、深く感謝をしている。

高校時代に広く浅く学んだことの一部が、大学に入って後の自分の読書のきっかけを作ってくれて、自分の人生観を形作る大きな土台になったからである。

自分の目の前にある課題や、テーマについて勉強したり、一生懸命に力を尽くすことは、次の段階に進むための重要な種まきになっていることがある。

だから、その重要性が今現在はわからなくても、目先のことに真剣に懸命に取り組んでみることだ。

それは仕事も同じである。

計画を立てて、先を見通すこともとても大切ではあるが、それが、今現在行っていることについて、否定的になるようなものであってはいけない。

現在を肯定し、そこに集中することの中から、未来への大切な種子が生み出される。

夏休みというこの貴重な時間を、例えば受験勉強に全て捧げたとしても、それによって失われるものはない。むしろ受験勉強で身につけたことの中に、自分の将来の人生を支え、発展させ、成功に導く種子が宿っているのだ。

受験勉強に悩み、苦労している多くの若者達には、このことを心のどこかにとどめておいて欲しいものである。



受験への最終兵器”トリロジー”










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