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友人が福生のワンルームのマンションに帰ってきたのはもう午前になる頃だった。

私の上京祝いだとか言って、確か「たい焼き」を買ってきてくれたのを憶えている。

この友人は、中学の頃からの親友で、本当に仲が良くて、お互いの家を行き来して勉強も遊びも共にした仲だった。

この友人は大学受験に一度失敗し、浪人した後に東京のある私立大学に入学した。その後様々な家庭の事情や親子の葛藤などがあり、結果的に大学をやめてフリーターになっていた。

この頃はまだ景気がよくて、アルバイトもたくさんあったし、今とは違う意味でフリーターは非常に多かった。

この夜は久しぶりに色んなことを話した。

私が明治大学の大学院に進学することを友人は喜んでいたし、ずっとここから通えばいいと言ってくれた。もちろん家賃など払わなくてもいいと。

この友人を見ていると、基本的にはお金にも困ってはいなかったし、楽しそうにしていたのだが、なぜか一抹の寂しさや、不安を抱えているように思えた。

本当に仲がよくて、たくさん話したと思っていたが、まだまだこの友人に対しても、私は知らないことが多くて、理解していないのだろうと思った。

大学をやめた理由も、何となく明確でなかったし、全ては話せなかったのかもしれない。

その意味で、たった一人の人間でさえ、深く理解することの難しさを感じたし、少し離れてしまうと、もう相手は自分とは別の世界を生きていて、私が見ている彼の姿は、ほんの一部だったのではなかったか。

それでも私はこの友人が大好きだった。

私は翌日からアルバイト探しを始めた。とにかく仕事は選んではいられなかった。学費は両親に出してもらうことになってはいたが、東京での生活費やそれ以外の費用は、奨学金とアルバイトで賄う必要があった。

福生の駅の周辺を歩き回ったが、大学の授業の無い日だけのアルバイトはなかなか見つからず、焦りに焦った記憶がある。近くのソバ屋で皿洗いでもしようと掛け合ってみたが、時間が合わない。断られた。

福生から、大学のある御茶ノ水まで通うのが非常に大変で、これが悩みの種だった。

交通費もバカにならない。そう遠くないうちに、この部屋を出て行かなければならないだろうと思った。

大学院の授業が始まっても、アルバイトはなかなか見つからなかった。

大学院では民事法学専攻で法社会学のゼミに所属することになっていた。当時はマスコミなどで非常に著名だった栗本慎一郎教授のゼミである。

明治大学は現在、非常に立派な建物が建っており、学生の数も増えて、人気の大学になっているが、当時は建物も古く、今の校舎からは想像もできないような大学だった。大学院の建物も古く、最初はここが大学院だとは思わずに、通り過ぎたりしていた。

普段はそこを舞台とした大学院生活が始まったのである。







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