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明治大学の大学院には、たくさんの大学院生がいたが、私のゼミ(栗本眞一郎ゼミ)には、同学年は私しかいなかった。

ひとつ上の学年に一人だけ先輩がいたが、確か定時制の高校の教員をしながら大学院に所属していたという先輩だったと記憶している。

大学院では一応研究室が院生には与えられていて、学習室もあったので、勉強するには不自由はなかった。

また、学部とはちがって、授業の数も少ないので、かなり自由な時間があり、そこが自分次第の時間であった。優秀で頭のいい人が多かったので、議論についていけないこともあり、自分の知識不足や勉強不足を思い知らされる毎日だった。

結局、自分でテーマを見つけ、自分で研究を進めていかなければならないのが大学院である。そうして修士論文を完成させてこそ、研究者としての基礎的な素養があるものとみなされる。

ただだからとて、研究者になれるかどうかは全く分からず、将来が見えない面も大きかった。すでに当時の段階でもいわゆるオーバードクターと呼ばれる人は何人もいたからであった。

自分が本当に大学で研究者になるほうがいいのか、実はもっと他のことに向いているのかは、やってみなければわからないものである。

だから、必ず2年間で修士論文を完成させ、その後の進路をきちんと決めて見せようと決意していた。

研究者になる道が、大学に残るという道でなくても可能ではないか、と考え始めたのは、ずっと後になってからのことであり、現在では、大学に残らなくてよかった、と思っている。

しかし、明治大学で過ごしたわずか二年の歳月は、私にとっては本当に幸せで、ありがたい時間だった。

今でも卒業生として、大学の図書館は使わせていただいているし、もっと歳をとったら、明治大学の近くに住んで、大学の図書館をフルに活用して、研究三昧に明けくれようかと目論んでいる。

自分の短い人生の中で、結局何を学び、何を残せるのか、それだけが勝負である。

自分がやってみたいこと、めぐり合わせでやらなければいけなくなったこと、そのような物事は、自分の人生に大切な何かを残してくれるものだ。

だから、すべてを受け入れて、全力で努力する。

本当はそのようなものの中にしか、幸せはないのではなかと。そしてまたそうして努力している状態が、幸せな状態なのだと、今は思える。

研究や勉強が好きならば、それはどこにいても、一生続けたらよい。

自分がやっていて幸せだと思えることは、いつでも、どこにいても、本当はできるのだ。

環境のあり方に幸せの種子を見つけようとしてはいけない。自分の好きなことの中に、幸福の種子があるのならば、それはどこにいても、いつでも、持ち運ぶことは可能なはずだからである。




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