上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
便利屋のアルバイトは実に様々で、朝早くから夜遅くまで、実にいろんな仕事があった。

今でもよく憶えているのは、確か小平にあるブリジストンのタイヤ工場で、そこから出荷されるタイヤを大型トラックに積み込む作業があった。

もともとはトラックの運転手や助手が二人で積み込みをやるというものだったようだが、何せ二人ではとても大変。大小大量のタイヤを転がし転がしトラックに積み込むのだが、時間もかかるし、半端でなくきつい。

そこで、わが便利屋に仕事の依頼がきたのであった。

このようにいろんなところから仕事の委託を受けて手伝うということも数多くあったものだ。

朝から夕方まで引越しや掃除や、いろんな仕事をした後で、このタイヤの積み込み作業が夜間に入った時はもうよれよれで立ち上がれないほどに疲れ果てた。

私と便利屋の社長は、タイヤを運ぶことにかけては素人だ。

全く要領がわからず、タイヤがコロコロと違う方向に転がったり、1本1本バラバラで運ぶものだから時間もかかってたくさんのタイヤをいっぺんに運ぶことができない。

しかし、トラックの運転手は違う。5.6本のタイヤを横に並べてうまく転がし、多くのタイヤを同時に荷台に運び込むのである。

私は悪戦苦闘しながらそれをまねたが、ある程度できるようになるまでに相当な時間がかかってしまった。

どんな仕事にも職人技はあるものだと、この時に感じた。

プロとアマの違いというかなんというか。圧倒的に仕事量に差があるのである。

この世界にはさまざまな仕事がある。そこには大小さまざまな技術があって、それぞれの場所に高い技能をもったプロがいて、仕事が回っている。

自分たちの日常も、このような多くの人々の小さな技術の集積でその豊かさが担保されている。

そのようなことを考えていると、職業に貴賤なし、ということの意味もよくわかった気がした。

自分の身長ほどもあるタイヤをうまく転がしながらスイスイと運んでいくトラックの運転手を見ていると、何年も経験を積んで、短時間で少ない労力で仕事をこなす術を身につけた人には、なかなかかなわないものだと思った。

夜の11時近くまでタイヤを転がし続けて、電車で家に帰りつくころにはいつも午前を回っていた。

積んでも積んでもトラックがいっぱいにならず、タイヤを運んでいる時間が異常に長く感じられたあの時のことを、少しタイヤの大きな乗り物を見たときには必ず思い出してしまうのだ。











関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://wakakihibi.blog62.fc2.com/tb.php/210-1c8b966b
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。