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専門学校の講師の求人に応募して、筆記試験と面接試験を受けることになった私は、無事に筆記試験を終えて、面接に移った。

筆記試験は一般教養の試験だけで、専門知識は問われなかった。

ちなみに筆記試験では埼玉県の県庁所在地を「大宮市」(当時は浦和市、現在はさいたま市)と自信満々に書いたので、私の教養もたいしたことはなかったのだが。

面接に関して、私は完全に個人面接であると決めつけていたので、休憩中にあれこれと勝手にシュミレーションしたりしていた。

ところが、面接の始まる直前に係りの人がエレベーター前に順番に並ぶように指示をしたのである。

その順番で面接室に入るように説明を受けて初めて、私はこの面接試験が集団面接であることを知った。もちろん正式に就職面接など受けたことはなかったので、入退室のマナーや手順もまるで知らなかった(こんな私が翌年には学生たちに面接の方法などを指導していたのだから世の中は全くわからないものだ)。

私は前から三番目だったのだが、恥ずかしいことに前の人の入室の仕方の真似をして部屋に入っていった。

集団面接の受験者は6人。

面接官が4人だったと記憶している。

集団面接の難しさは、どうしても自分以外の受験者の受け答えを意識してしまうことである。

前の人が自分の考えと同じようなことを言えば、違いを出そうとして別のことを言おうとしてみたり、あれこれと気を使ってしまう。

最初の質問が、説明会で流されたこの学校の紹介ビデオの感想だった。

順番に答えるように指示があったので一番の受験者がしゃべり始めた。どう答えようかと考える時間があるところは集団面接のいいところだ。

私は学生時代に無目的で退廃的な学生たちの姿を、自分の学生時代に嫌というほど見てきたので、その専門学校の紹介ビデオでみる学生たちは非常に新鮮に見えたものだ。

基本的に専門学校は目的意識が明確な学生がほとんどで、また修業期間も基本的に2年と短いために、非常に密度の濃い学生生活を送る。

協力して勉強したり、協力して学校行事をやり遂げる学生の姿には素直に感動した。
面接ではそのことをそのまま語った。

当初は緊張や様々な思惑もあったが、他の受験者の話を聞いているうちにだんだんどうでもよくなってきて、全て正直にしゃべろうと思った。

なにぶんフリーターだった私は、職歴もなく、たいした知識もなかったので、受かればもうけものだと思い、あれこれとめんどくさいことを考えることをやめたのである。

フリーターの時の経験や出会った人々、自分の学生時代に関して、普段考えていたことをしゃべった。

この当時はまだ虎の門病院で看護助手をしていたのだが、看護助手の仲間たちや看護師さん、そして患者さんといろいろな話をたくさんしていて、自分の考えや生き方を理解してくれる人がたくさんいてくれたことで、それを言葉にして語る習慣ができていた。

自分のことに関して聞かれた内容に関して面接で困ることはなかったのである。

その意味で、虎の門病院で出会った多くの仲間たちや看護師さん、患者の皆さんには今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。

自分の言葉は自分自身の力だけでは、決して紡ぎだすことはできないのだ。

面接試験に合格する自信はなかったが、言い残したことや、うまく言えなかったということはなく、後悔の全く残らない面接になった。

面接を終えて電車に乗り、高円寺の自室にもどって、また明日の準備を始めた。

朝の4時30分に起床して6時には病院へ。2時間勉強や読書をしてから仕事に入る。

この時も、この習慣は続けていた。




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