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私の今は亡き親友(20年前に事故で他界)からもらったノートを開いた。

最初にこんな言葉が書いてあった。

「人生とは、切符を買って軌道の上を走る車に乗る人には、わからないものである」

一体誰の言葉なのか。彼(Kと呼ぶ)が自分で考えた言葉なのか、それとも何かの本から引用したものなのかはわからなかったが、まさにKにはぴったりの言葉かもしれなかった。

切符を買って軌道の上を走る旅が、決して快適でないわけではない。

しかし、人生はいかなる時に脱線し、方向が変わっていくかも分からず、また転覆するかもわからない。

人生が無軌道であるべきだ、とは思わないが、無軌道な人生が悪いとも思えない。

Kの人生は、まさしくそのようなもので、私たちが彼の行動の理解に苦しむ場面は、決して少なくはなかった。
突然、突拍子もないことをやり始めたり、結婚してからも、家を飛び出したり、なんだか落ち着かない様子だったようだ。

Kの生まれた場所は、北海道である。実は北海道のどこであったか全く知らないし、聞いたこともなかった。

その後は父親の転勤で大阪に引っ越して、そこで小学校の時代を過ごした。大阪は楽しかった、というようなことをよく口にしていたから、小学校の時はいい思い出がたくさんあったのだろう。

中学の上がる時に、今度は九州は福岡に引越し。

福岡の少し僻地だったようで、大阪弁を話すKは、うまく周囲にとけ込めなかったという。

時代のせいだったかもしれず、また地域性もあったかもしれない。なかなか周囲に馴染めなかったKは学校には行っていたものの、学校から帰ると引きこもってしまい、友人との接触は少なかった。

父親は商社マンで、いつも海外を仕事で飛び回り、母親も仕事で家を空けることが多かったらしく、彼は5つ歳の離れた弟の面倒を見ながら生活していた。

高校時代が終わるまでは福岡で生活していたが、大学に入るときに鹿児島にやってきた。

私がKと知り合ったのは、まさにこの大学時代である。

鹿児島大学は法文学部という学部があり、私は法学科、Kは経済学科であった。

もとより経済学など全く興味関心はなかったらしく、自分の高校時代の学力から判断してここしかなかった、というようなことをよく口にしていた。

Kは結局、この大学も1年と数ヶ月でやめてしまう。

かれは大学を辞めた後に東京に行って、かなり滅茶苦茶な生活をしたようで、事故で命を失うまで、それは変わらなかったのである。

平凡であることを嫌い、しかし平凡に憧れ、軌道に乗るような人生を軽蔑したが、しかしいつも自分の人生を軌道に乗せようとあがいていた。

それそのものが無軌道に思われて、結局Kは、ノートの最初に書いてあったその言葉を、例え意図的でなくとも実践していたことになる。

言葉が人生をつくる。

K自身がノートにしたためたこのたくさんの言葉は、かれの人生を創造する力を持っていたのだろうか。

それはこのKのノートを読み進めなければわからないことだろう。



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