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Kのノート。

「人間は何にでも成れる動物だ、何事にも慣れる存在だ」

この言葉は、ドフトエフスキーの小説に出てくる言葉だ。Kのノートには、自分で考えた言葉や、読んだ本から引用した言葉が無数に書かれていた。

大学生活にも慣れてきた頃。初心を忘れて勉強しなくなり、サークル活動や身近な人間関係の間で浮ついた日常を送り始めていた。惰性といった方がいいだろうか。

人間は大変な環境にも、楽な環境にもすぐに慣れてしまう。そしてそれを当たり前に感じて生きていく。

大学時代の貴重な時間は瞬く間に過ぎていく。

もう一度大学に入学したころの自分の初心に帰らなければ、そう思ったのはKの存在があったからだった。

Kは確かに、その当時は自分の将来について楽観的で、その気になれば何にでも成れる、きっと大きな仕事ができるようになる、と自分に言い聞かせていた。

周囲の大学生が毎日の遊びに興じている間も、Kは自分を失わず学部の勉強と読書を続けていた。そんなKの存在がなければ、私もまた自分を見失っていたに違いない。

20歳前後の時代に、自分の存在やその将来をあきらめたり限定してとらえるのは決して幸せではないだろうが、周囲の多くの学生たちはすでに将来に見切りをつけていた。

「公務員にでもなるよ」

「入れる企業に就職するつもり」

入学してすぐに、そんな声は多くの同級生から聞こえてきていた。

そんな雰囲気に反発して、私は周囲の同級生とはあまり話をしなくなっていた。Kとの会話が、自分のモチベーションの源泉であり、学問的、知的な探究心が継続したのは、Kもまた私と同じ気持ちだったからだ。

この大学生活に安易に慣れてしまってはいけない。人間は何にでも成れる動物だ。それを方向付け、決定するのはほかならぬ自分自身だ。

大学時代には数多くの未来への種子をまくことができるし、まかなければならない。

今の自分の在り方が、未来の自分を決めるんだ。

だから今のうちに精一杯の努力をすることを、自分に言い聞かせた。

自分に本来限定などなく、どんな存在にも変化していけるという可能性を、私に示してくれたのはKである。自分に自信など全くなかったが、「今自分がしていることに自信を持とう」と、そう思って大学時代を過ごすことができたことは、後々の私の大きな財産になった。

人間は本来はもっと柔軟で柔らかい存在だ。

自分で自分の可能性を限定し、周囲からの評価で決めつけ、もう変わらないのだとあきらめる。硬くなった心で自分や他人や世界を見るから、その可能性に気づかない。

学生時代にもしそのような気持ちで生活している学生がいたら、このKの言葉を送りたい。



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