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Kのノートを読み返しながら時間を過ごすうちに、いよいよ専門学校での仕事が始まる日が近づいてきた。

自分がどのような形で、貢献できるのか、きちんと仕事ができるのか、全く自信はなかったが、これまで28年間学んできたことや経験してきたことは決して無駄にはならないはずだ。

仕事が始まるまでのわずかな休みの期間に、初めて「行政法」という科目を勉強した。

私の大学時代の授業には「行政法」という科目はなかった。

私はこれから学生たちに教える立場に立つのに、実際は十分にマスターできていない科目や学んだことのない科目がたくさんあった。

それはある意味で当然のことでもある。通常は自分の専門というものがあり、それだけを教えるものだが、これから始める専門学校の仕事では「クラス担任制」がとられていて、要するにクラスの学生たちに必要な科目は全て担任が教えるということになっていたからだ。

私が仕事をする学科は公務員試験の受験を希望する学生たちが集まるクラスだったから、科目の多さには閉口した。

教養科目(国語、数学、理科、社会)や数的処理の科目、専門科目は憲法、民法、行政法、マクロ経済学やミクロ経済学、政治学や行政学、社会学やら財政学などなど。

もちろんすぐには担任の仕事は任されないだろうと思っていたので、これまで全く学んだことのない経済学はすぐには必要ないだろうとタカをくくっていた(後にこれは失敗だったと後悔した)。

せめて法律くらいは全部やっておきたいと思ったので、行政法を独学したのである。

薄い入門書と問題集を古本屋で買ってきて、三日ほどでやり終えて、一通りの基礎を学んだ。

現在では行政法関連の専門書はかなり多数の著書が出ているが、当時はそれほどの本はなく、また専門的な研究も判例も多くはなかった。

その意味では非常にやりやすい科目でもあったのである。

初日。

フリーターだった私はスーツも1着しか持っていなかったのでとりあえずはそれを着ていくことにして、ずいぶん久しぶりにきちんとネクタイをしめて専門学校に向かった。

靴もスニーカーしか持っていなかったので、近くのデパートの靴屋で革靴を買った。

靴や服装などには全く関心がなく、日頃から擦れた身なりをしていたが、これからはそうはいかない。

学校に着くと、事務室のようなところに通されて、書類を書かされ、今日は職員の全体集会があるとかいうことで、そこで自己紹介をするように言われた。

「初心を忘れることがないように」ということを大勢の職員の前で自己紹介で話した記憶がある。

専門学校に就職した時の私の初心とはなんだったのだろう。

自分が学んできたことや経験してきたことを生かしたい。そこで得たものや考えたことを学生たちに伝えたい。

目標を達成するためのに努力することそのものが幸せであることを教えたい。

そんな気持ちだったと思う。

この初心は時に打ち砕かれたり、時に大きく揺らいだりしながらも、ずっと持ち続けることができた。

専門学校で出会った学生たちの数はかなりの数に及ぶだろうが、本当に色々な境遇や個性の学生たちがいた。
たったひとつだけ言えることは、私が学生時代に大学で出会った多くの同級生たちよりも、専門学校で出会った学生たちの方がはるかに努力し、はるかに苦労をしていて、それでもはるかに生き生きとしていたということ。

目標を持つことの大切さ。

どんなことでも自分の進むべき方途を知っている人間の方が自分らしく生きていくことができる。

もちろん途中で自分の目標を変えたり、違う進路を選んだりする学生もいた。また自分の第一希望の目標の達成ができず第二希望、第三希望の進路を選ぶ学生もいた。しかし、そんなことはあまり重要ではない。その時々の環境の中で、仮の目標でもいい、精一杯全力で努力することが人生を豊かにするのである。

不本意であると思う進路を選ぶしかなくても、そこに行ったらそこで全力で頑張る。それが違うと思えば進路を変えて別の道を選ぶもいい。

「いつか」「いつか」と言いながら努力を先延ばしにして、今やるべきことや、今やりたいことを先延ばしにする人は多い。

しかし自分の人生の歴史は、結局今の連続でしかなく、過去をやり直すこともできなければ、未来を先に生きることもできない。

自分もこれから学生たちと共にそんな時間を生きていくのだと、心に言い聞かせた。











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